「人物が家の中に入る」という小説描写とシーン転換

前回、このような記事を書きました。

「ドアが開き、誰かが入ってくる」小説描写考察
この記事では「ドアが開き、誰かが入ってくる」という小説描写について考察していきます。ではさっそく例文を見てみましょう。 その時、店のガラスドアが小さく開いた。顔を覗かせたのは、八歳くらいの男の子だった。サスペンダー付きの洒落た茶色のズボン...

このときに、小説には「ドアワープ」と呼ばれる表現技法がある!私が勝手に名付けたテクニックがある!ということを主張しました。

まだ不完全燃焼感があるので、人物が建物に入る小説描写をもっと掘り下げてみようと思います。描写の勉強のために今回用いるのは、乙一さんの『失はれる物語』という作品です。

切ない系ホラーな話を集めた短篇集です。物語も素晴らしいのですが、ここではテクスト論についてのみ論じます。以下、作中より典型的なドアワープ技法の例を引用してみます。

……いつの間にか降りなくてはいけないバス停に到着している。

両親が帰ってくるのはいつも遅い時間だったし、わたしは一人っ子なので、玄関を開けても家にはだれもいない。

自室へ行き、机の上にチラシを置く。両手に顎を載せてそれを眺めながら……

(引用:乙一『失はれる物語』Calling You)

※三点リーダーは前後文省略の意

「わたし」は学校からの帰り道、電気屋に立ち寄ってチラシを取って、バスで帰宅して、自室に戻る。その一場面の描写が上記の引用部分です。

「わたしはドアを開けて家の中に入った」という表現を一切使うことなく、主人公をバス停から家の中へとうまくワープさせています。

この流れるような自然な描写、簡単そうで実際にやってみるとかなり難しいのです。引用したたった三行の文章が、私には書くことができないのですね。

こういった描写は「読者の体感時間」を相当意識しなければ、なかなか真似できません。

上記の「玄関を開ける」という言葉に違和感を覚える方がいらっしゃるかもしれませんが、これは正しい日本語表現です。『玄関』には他にも以下のような語が接続します。

玄関を

  • 上がる
  • くぐる
  • 叩く
  • 通り過ぎる
  • (に)入る

さて『失はれる物語』に収録されている別の短篇からも引用をしてみます。

アサトのことを思い出し、入っていいものか躊躇したが、オレは玄関にあがった。

そこでは一般的な家族が暮らしていた。居間にはソファーとテレビがあり……

(引用:乙一『失はれる物語』―傷―)

ここでも「玄関にあがる」という慣用句を挟み、さくっとシーン転換がされています。玄関やドアに関する慣用表現はリストアップして覚えておくと、小説を書く際に役立ちます。

乙一さんは無駄な描写の一切無いすっきりとした文体が特徴で、わりと淡々とシーンを流していく特徴があります。「俺」の訪れたアサトの家に、一般的な家族が住んでいて、居間にソファーとテレビがあって冷房が効いている(=普通な家庭である)というのは、読者の知りたい必要最小限の情報です。

ある日、学校から家へ戻ると、子猫が居間で寝そべっていた。

(引用:乙一『失はれる物語』―しあわせは子猫のかたち―)

これで引用は最後とします。最もシンプルなシーン転換の方法です。

シーン転換前後の描写はどうしても余計な表現が多くなってしまいがちなので、必要な情報だけを残してサクッと移りたいものです。

兎にも角にも、読者の体感時間を意識して描写が書ければ物語への吸引力が高まりますし、私もそれを目指したいところです。

創作技法に関する書籍は巷に溢れていますが、どれもストーリーやキャラの作り方に関するものばかりで、テクストを扱ったものは多くありません。

しかし、物語は結局のところ、自分の書きたい話でなければ書くのが苦痛になってくるゆえ、成功作品のテンプレを真似するのが難しいのですね。

であるならば、自分の考えたストーリーをいかに読ませるか、というテクスト部分の表現技法が重要になってくるわけです。

それがどんなに潮流から外れたニッチな物語であっても、テクストがちゃんと機能しているのであれば、魅せることができる。自分の書きたい物語を最大限に魅せるための、文章の書き方を究めていく必要があるのだ――というのが個人的には持論だったりします。

なんて言いつつブログの最後に文章を締めくくるのが下手過ぎてアレなんですが、今日はこの辺で。ノシ

コメント